マチュ・ピチュの歴史保護区【ペルー】-03

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三日目にしてようやくマチュピチュ遺跡の内部を見学します。前日にワイナピチュに登った疲れがまだとれていなくて、ちょくちょく休憩しながら遺跡観光をしました。

まずは『水汲み場』。マチュピチュ遺跡のすばらしい技術の一つは灌漑用水路の設備です。山の上に作ったのにも関わらず、水路は網目のように張り巡らされており、この技術によって段々畑でも農作物を栽培することができるようになりました。インカ人が文化を築き上げる過程になくてはならないものでした。


そもそもなんでこんな山の中に住んでたかというと…みんな知ってると思うけどいちお書きます。もともとインカ人は今のクスコにインカ帝国を形成し、この灌漑設備など様々な技術を利用し、独自の文化を築いていました。しかし、大航海時代になんと200人にも満たないスペイン人に侵略されてしまった。そのスペイン人からの侵略から逃げるように移動し、行き着いたところがこのマチュピチュ。スペイン人に発見されなかった為に保存状態がよく、今日までこの状態で残っている。またこのマチュピチュ遺跡の奥には『ビルカバンバ』という遺跡がある。

しかし、ここには観光目的では行けません。一回だけ『世界ふしぎ発見』で見たことがある。スペイン人に侵略されていなかったらマチュピチュはなかった…と考えると不思議な気分になる。今となってはマチュピチュがあるおかげでたくさんペルー人の生活が助かっているわけだしよかったのかな…。


今でも遺跡を作るのに使われたまだ加工されていない石がたくさんある。石切り場で加工を行うんだけど、そこだけではなく様々なところに残ってます。どこからこんなにたくさんの石を運んできたの不思議です。またちょっと高い『インティワタナ』って丘には太陽時計がある。この石の加工はかなり斬新です。


[-right]最後に最も有名な段々畑について説明します。段々畑は傾斜の緩い所、激しい所、どこにでも作られている。実はワイナピチュにも段々畑があり、ここで採れた作物は神に捧げられるものらしい。また段々畑は、たとえ作物の腐敗したとしてもその段だけで終わるので、その被害を最小限でおさえる役割も果たしている。生活の知恵です。


三日目は、新しいところは行かずにゆっくり最後のマチュピrチュに浸ってました。もう飽きるくらい見た気がする。ほんと行ってよかったと思う。
マチュピチュにたどり着くまでほんと遠いけど一回は行ってみてください。